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新装版 天璋院篤姫(上) (講談社文庫 (み9-7))

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新装版 天璋院篤姫(上) (講談社文庫 (み9-7))

おもしろい
2008年NHK大河ドラマの原作です。
篤姫の生い立ちから、大奥、晩年まで描かれた長編ですが、
篤姫と周囲の女性との会話が多くテンポがよいため、あっという間に読み終えてしまいました。

もちろん、大奥での篤姫の活躍にもっとも重点が置かれており、その時代の大奥に入り込んだ気分になりました。
篤姫は頭の回転が良くて、非常に気が強い、と感じられたので、ドラマの配役とは印象が異なるというのが個人的な感想です。
また、一橋慶喜は徳川幕府を終焉させた”悪役”のような立ち回りですが、これには多少違和感を持ちました。

よくわかる。
自分の運命を受け入れて、まっすぐ生きた「篤姫」がわかりやすく書かれています。
歴史背景や江戸の風俗なども丁寧に書かれているので、当時の様子や幕末の緊張感も伝わってきます。大奥という場所から見ると、こうだったんだな・・・という見方もできておもいしろいです。
ただ、どうもあったことをそのままどんどん書いているため、淡々とし過ぎているような印象を受けて、個人的にずっと好きだった「篤姫」という人物なのですが、感情移入しにくいなぁと思いました。和宮との確執では、嫁姑争いは今も昔も変わらない、と思ってしまいました。
和宮がなんとなく印象薄いままだったのは、篤姫目線だからか、人物描写が足りなかったからなのか・・・。
感想としては、淡々としている、に尽きるような気がします。

TVと全く違う格調高い世界が広がる。
宮尾登美子氏の文章が素晴らしい。日頃接することのない格調高い表現の日本語が全編を通じて展開され、こういう日本語を書いてみたいと憧れる。島津本家から分かれたご一門四家の重富家、加治木家、垂水家、今和泉家、その今和泉家の長女に生まれた於一。TVドラマでの描き方とは全く違う優雅な、格式の高い名門武家の姫の生活がよくわかる。五尺三寸の大柄な篤姫、日本外史を愛読する篤姫、一族から「女子に生まれて残念」と言わしめた篤姫、この類希な資質の姫には最初から引き込まれていく。18歳で島津本家の幼女へ。全編を通して、姫のお付の女性が多く登場するが、今和泉家の菊本、島津本家の若年寄広川、老女幾島の存在や、お互いの関係の変化が非常に興味深い。そしてついに大奥総取締滝山を先頭に、老女村岡、幾島、亀岡、花乃井が付従い江戸城へ。いよいよ御台所として大変な大奥の生活が始まった。どう見ても大河ドラマでは本書の描くような格調高さは出ない。やはり本書を読むべきだ。

女は天の半分を支えている
まず宮尾登美子の絢爛たる筆力に酔いしれる。何しろ言葉遣いや人物の造形が見事だ。したり顔の司馬遼太郎なんぞはとてもかなわない。「大奥」ものと見くびるなかれ、だ。

物語の核心は、皇女和宮との確執にある。現に作者は、和宮の資料に当たっていて「天璋院が嫁の和宮をいじめたとなっているが、そうだろうか」という疑問を抱いたところから出発したということを言っている。

もうひとつの核心は「最後の将軍」慶喜だ。これは、徹底的に嫌なヤツとなっている。何しろ、維新後、徳川本家を守った天璋院は、慶喜の末流とは決して婚姻関係を結ぶなと遺訓を残したというからすごい。司馬の「最後の将軍」では、「あなたはよくやった」と誉めてくれる母のヒザにすがってさめざめ泣く慶喜だが、そんな男の甘さをはり飛ばすような宮尾・天璋院の気概だ。

封建武家社会の価値観、倫理観を固い岩盤のように時代描写の核心にすえ、女は「政略の道具」「生む機械」でかわいそう、「人の上に人を作らず」だぞなんて、ちゃちなアト知恵や薄っぺらな感想は跳ね返してしまう。そんなことは承知の上で、時代に翻弄されながら、健気に剛毅に凛と生きた女性を描ききっている。

「女は天の半分を支えている」とカンラと宣言するような作者の気迫に恐れ入った。


ところでテレビドラマは原作とだいぶイメージが違う。「宮崎あおいの『あんみつ姫』を何とかしろ!」と私の横で叫んでいる女房は、それでもやっぱりTVを楽しそうに見ているけれど。

むしろ大河ドラマを観る為の参考書として
大河ドラマ『篤姫』の時代考証や人物設定をめぐりいろいろな声のある今日此頃、原作本を読んでみた。なるほど、確かにドラマと原作とでは相当違う。例えば、(1)篤姫の人物造形(原作本は、お転婆や明るさというよりは、遠慮がちで慎み深さをもった人物として彼女を描いている)や(2)男女の愛憎(原作本をみると、阿部正弘や徳川斉昭はある種の色情狂であり、それが大奥内部に影響を与えていたことが看て取れる)など。しかし、基本的には、大河ドラマが原作を忠実に反映する必要はないように思う。今日日、大河ドラマはそれ自体が一つの創作であって、原作とは異なる解釈や見せ方が、いわば多様性として認められてもよいのではなかろうか。その意味で、原作本は大河を観る為のいわば「参考書」として活用できる。そうすれば、「篤姫」の世界を二倍楽しむことが出来るような気がする。

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失敗学のすすめ (講談社文庫)

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失敗学のすすめ (講談社文庫)

あくまで「すすめ」
失敗学は重要な学問です。が、この本はそれをとりいれる「すすめ」を書いたものであって、失敗学自体を書いてはいません。
もし失敗学そのものを具体的に知りたい、大枠でも知りたいと思っても、これでは不十分。現在の様々な技術やビジネスの開発に、「失敗を活かす事自体思いつかなかった」、という方は是非読むといいです。興味深いエピソードをわかりやすく書いています。
しかしその先、失敗学そのものについては、また別の本を探す必要があるでしょう。

「失敗学」のルーツ本
いい本です。久しぶりに読んでそんな印象を受けました。

昔からよく「失敗は成功の母」ということがいわれていますが、どこか精神論のよ
うなイメージがあります。それをきちんとした分析と論理の積み上げによって、だ
れもが納得できる形にまとめているのが本書です。

まさに「失敗学」という名前にふさわしい内容だと思います。

著者はその後も失敗についての分析を続けているようで、その進化版として「危険
学」なるものを発表したりもしています。そんな新しい主張も頭に入れつつ本書を
読み直してみると、失敗との正しい付き合い方がより立体的になって見えてくる感
じがしています。

失敗した大きさの分だけ、成功できる!
失敗とは、行動をして初めてするものであり、
失敗は隠すべき恥ずかしいことではないことを
再度認識しました。

失敗の具体例、その失敗から何を学んだかが、
著者の実体験を元に、鮮明に描かれているところが、
売れた原因だと思います。

人は皆、それぞれの実体験を聞きたいものです。
どこからか持ってきた話には、興味が湧きません。
これが、いつも人と話したいと思う原因です。

「失敗の分だけ大きくなれる」
といわれるとおり、
失敗の大きさの分だけ、成功できると考えています。
私はそれを
プラスマイナス0(の法則)
と言っています。
そのため、私は、失敗した際は、
失敗できてよかったな
と思い、次のステップにしています。(反省はします。)


■三陸海岸の話
私は、岩手出身です。
小学生で4回も転校があったくらい、転々としており、
釜石市に3年住んでいました。
三陸沖に住んでいましたので、
防波堤の重要性はよく知っています。
小学生の社会では、地元の歴史、
津波の歴史を、かなりの時間をかけて行う
徹底振りでした。
そのおかげで、チリ沖地震の影響で、
どれだけの災害が出たか、
津波がどれだけ怖いものなのか
を知るようになりました。

数年前に、大きな地震があったときに、
全国で釜石市だけが、避難命令を出し、
数千人のレベルで避難していたのが、
記憶に新しいところです。

釜石市の記憶でいうと、
新日鉄釜石が思い出されます。
かなり大きい場所でありましたし、
よく親が、新日鉄のぶんちんを持って返ってきて、
もらっていたので懐かしく感じました。

昔あった新日鉄釜石の場所は、
いまでは、科学実験の場所として利用されています。
大きな空洞を利用して、雲の実験などが
行われています。

そんな、昔を思い出させる本でもありました。


"失敗は新たな創造行為の第一歩"に共感
 本書は、創造的活動における課題設定(スタート)から目的達成(ゴール)における過程において、失敗の持つ役割を本質的な観点から記述している。大きな失敗を防ぐためには、数多くの小さな失敗から学習効果を積み重ねて教訓を引き出して対策していくことが不可欠であり、小さな成功ばかりに目を奪われていると、学習効果がフィードバックされないので質的な改善が行われず、いずれ大きな(致命的な)失敗に繋がっていく。正に『小さな失敗→大きな成功、小さな成功→大きな失敗』である。
 また、"失敗は新たな創造行為の第一歩"であり、"創造活動における初期の段階において、バラバラのアイデアがしだいに脈路づけられ、思考平面に投影されていく(脳の創造プロセスそのもの)"との話も大変興味深い。他人への説明を主目的とした一見美しい論理的思考と、ドロドロとしたプライベートな創造的活動とは明確に異なり、世の中の優れた創作活動(文学、音楽、科学、工学、等々)の舞台裏ではすべからく、この人知れぬ創造プロセスが存在し、結果を他人があとから見ただけではそのプロセスは判らないものである。
 最後に、生物の十数億年の進化は失敗(種の絶滅)の連続であり、その時々の環境に適したものが生き残ってきた。現代の科学・技術や経済活動にとって、成熟した組織が更に進化していくためには、どこかに小さな失敗(新たな可能性へのチャレンジ)が常時できる機能を温存しておくことが大切であろう。

いい本だけど。。。
失敗学というタイトルをつけた出版社の勝利ですね。
この本は失敗学という考えを広めるのに貢献しましたが、
内容的には、抽象的な概論論がメインです。

(この研究そのものは畑村先生だけでなく、同じ様に
 複数の人で研究していたようです。)

同じように研究されていた中尾 政之さんの失敗百選の方が
具体的で体系化されていて面白いです。
(この方も畑村先生と一緒に活動されていたようです。)

学校の先生らしく、抽象的な概念や学問化することには長けていますが、
私にはいま一つ迫力を感じませんでした。
畑村先生の本では「危険学のすすめ」の方が実践的で
格段に面白いです。
こっちの方が、真剣味、迫力みたいなものがあります。


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