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高学歴ワーキングプア 「フリーター生産工場」としての大学院 (光文社新書)

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高学歴ワーキングプア  「フリーター生産工場」としての大学院 (光文社新書)

博士課程への進学を考えている方にも、人事担当の方にも
よくぞ書いてくれた、というのが本書を読んで一番に思った言葉でした。
本書では博士課程修了者を「高学歴」と定義して、統計的・ライフヒストリー的なアプローチでその就職状況の困難さを巧みに描き出しています。
私自身、博士課程への進学と就職を秤にかけて就職を取ったのですが、まさに本書で描かれているような事実を見聞きしていたということが背景にあります。

大学院重点化の負の副産物として博士課程修了者の行き場所がなくなるという事態は、個人個人の生活上の問題というだけでなく、本書でも述べられている通り、国家としての損失でもあります。
国の政策的補助を受けながら高等教育を受け、ある程度のレベルに達しているはずの人間が、博士課程修了という経歴をかえって逆差別的に受けてしまい、その本来の能力を発揮できていないのです。

民間企業や団体、官庁等での、博士課程修了者、特に文系出身者に対する評価の不当な(あえて「不当な」と書きます)低さが、その大きなファクターであると言えるでしょう。
何を勉強してきたか、どんなレベルであったのか、それを生かさず結局は上の言う通りに動く兵隊を求めるというのが、社会の潮流として現代日本にはあると言わざるを得ません。
それでは、企業/団体/官庁側も、個々人の側も、幸せには決してなれないのではないでしょうか。

もちろん、全ての人間の希望をかなえるということはほぼ不可能です。
ですが、少なくともこの問題には、まだ調整の余地があるようにどうしても思えてしまいます。

本書で挙げられている北米での事例や、もちろん他の地域の事例が、きっとそのヒントになるはずです。
そういう意味で、絶望の中に一つの希望が見える、本書の読後感は一言で言うとそういう感じかと思います。
博士課程への進学を考えている方にも、企業/団体/官庁等の人事担当の方にも、是非読んでいただきたい一冊です。

若い院生の人生設計には最適な書
本書は大学院博士課程を出た人たちの就職難について書かれている。大学院卒でも教授職に就ける人は本当に一握りで、こちらにも今話題の非正規雇用者がたくさんいることが暴かれた。

特に問題なのは、大学院の定員を満たすために入学を教授から勧められた学生たちであろう。大学院生がいないと教授は困るだろうし経営も成り立たない。これからの時代は院卒者が「不幸」になる確率は低くなるだろうが、評者は本書を読んで決して大学院への進学を勧めないことに決めた。生涯賃金は低いだろうし、婚期も遅れがちだからだ。

一番良いのは職業を持ちつつ社会人大学院に入ることだろう。ただ、こちらも評者は実際は否定的だ。「大人の院生」には「学生院生」は叶わないし、同じ土俵で議論して欲しくもない。

さて、私が個人的に出会った大学院の人たちは、本書にもあるように、絶対に何が何でも大学の先生になるんだ、という考えの人が多かった。ただし、世の中一般でみてみれば、やりたい仕事でメシを食えている人は1割未満だと思う。また業務と自分の研究が一緒だと、守秘義務のかねあいで学会でも発表できないから、違う仕事をやってみることを勧める。頭のいい人たちは違う仕事でも絶対にこなせるはずだ。変な先入観があるのだろう。博士卒の人でもおもろくて使える人はいることはいるので、企業なども毛嫌いしないで受け入れるべきだと思う。そこで使えない人材というのであればしょうがないけれども。

最後に、本書でもあったように大学教員の2017年問題というのも存在すると思う。あと5〜10年頃に、おそらく大学教員(ここも団塊世代が多い!)がごそっと入れ替わるはずだ。学生数は少なくなるが、大学教員・研究者が足りない!なんていう時代があるかもしれないと密かに思っている。

大学の内情がよく分析してあると思う。来年から修士課程あたりに入学する学生は、人生設計のために一読しておいたほうがよいと思う。少しドロドロしてはいるが。

大学院の構造的な欠陥
大学院で博士号をとっても就職が困難なのは、実は構造的な問題だということをわかりやすく開示している本です。
一部の人には周知の事実ですが、知らない人は全く知らなかった話だと思うので、こういう本が世に出るのは、非常に意味深いと思います。

悲しみと希望の狭間
 正直、私も「大学院に行っても生活保障にはならないのでは?」と思ってはいたが、現実はもっと悲惨であったようだ。本書の前半では大学院生/博士の現状が述べられているが、一切努力が報われずに将来もない現状には、胸が締め付けられた(世界で一番悲しい物語と評される「罪と罰」より悲しい話だ)後半では院生/博士のとるべき道を模索しているが、キャリアを就職ではなく人生の豊かにしていく手段にすべき、という著者の前向きな意見には、前半の陰鬱さに対し一縷の光が射した様で救われる思いがした。(元々学問/大学院は就職の手段ではないので、学級の場として原点回帰すべき、ということなのだろう)
 ただし、「院生がバカになった」というのに反論する著者の被害者意識にはほんの少し疑問がある。昔は院に行くのは学究の徒のみだった。現在は「就職できないため」という理由で進路を決めたものが多数であり、文部科学省と東大の陰謀とするのは早計であろう。その点は院生/博士も反省すべきである。道を開く第一歩は反省である。反省から希望は生まれるのだから。(かつて院を目指していた私としては其の上で院生や博士には幸せになってほしい)

親が読んでくれるとありがたい
私はいま大学3年生ですが、院に進学するとその後が厳しいことになるという話は
先輩や大学の就職課などから伝わって来ています。
(この本に書かれているほど、直接的な表現ではないけれどw)

だから、この本は年配の人こそ読んでみたら良いと思う。
卑近な例ですが、私の両親(60代)は、たとえば、
「教職をとったら最低限の収入は確保される」とか、
「大学を出れば何とかなる」とか言う。
きっと、「大学院への進学」についても、「博士まで出れば大学の先生になれる」
みたいに思っているんじゃないかと思う。
これって、この世代に多い認識なのじゃないかなぁ。推測だけど。
実際のところは、いまの大学生は就職のガイダンスに出たり、インターンシップに
行ったりと、就職のためにいろんな活動をしているのが普通です。

こういう古い「常識」が通用してたら問題で、
「博士まで行ったのだから、将来は大学の教授に(なって当たり前)」みたいなプレッシャーが
強くなってしまい、かえって博士号持ちの人の進路の幅を狭めてしまっているのではないかと思う。

そう考えると、院に進もうと思っている人はもちろん、
学生や院生を持つ親の人も、この本を読んで得るものがあるんじゃないでしょうか。

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